ポーランド編最終日の今日は、ポーランド国内の中で最も美しい古都として知られる、クラクフについてです!
ワルシャワ中央駅から鉄道に乗り、2時間ちょっとで到着。
まず向かったのは、織物会館。この日は市場も出ており、食事やショッピングを楽しみました。
ポーランドといえばそう、このキュートな柄で有名な
ボレスワヴィエツ陶器!
どの柄も可愛くて、可愛い~これも可愛い~と連呼していたら、お店のおじさんも、「カワイイ」とにっこりしてくれました。
ここでもまた優柔不断を発揮し(Part2参照)、悩みに悩みぬいて、自分用にはこの3つを買いました。
可愛い見た目とは裏腹に、丈夫なつくりなのでオーブンもレンジも使用OKです。
冬にはこれでグラタンをガンガン焼きました。
夕方からは、クラクフから日帰りで行けるヴィエリチカ岩塩抗のツアーに参加。
13世紀にはじまり700年間も採掘され続けた岩塩抗です。
新潟で言う佐渡金山のような感じでした。(ローカルな例えで申し訳ないです)
床や壁、絵画、シャンデリアに至るまですべて塩で作られているというから驚きです。お土産にはバスソルトを購入しました!
その翌日には、今回の旅の目的アウシュビッツ博物館のあるオシフィエンチムへ。クラクフ中央駅からバスで向かいます。
博物館は、時間帯によっては個人での見学も可能ですが、私はガイド付きツアーで申し込みました。いろんな国・言語のグループが、イヤホン越しにガイドさんの説明を聞きながら敷地内を進みます。(見えづらいですが、木の手前部分にあるのは、あの有名な「Arbeit macht frei(働けば自由になる)」の門です)
ガイドさんのお話の中で印象に残ったのが、館内にはヒトラーの写真は一つも置いていない、ということ。なぜならホロコーストは、街角のヘイトスピーチからはじまったから。ナチスはポピュリズム政権であり、マジョリティによる大衆迎合主義により台頭しました。
当時ドイツは、第一次世界大戦での敗戦により膨大な賠償金が課せられていました。人々は豊かな生活を奪われ、さらには世界恐慌の影響も受け、経済は落ち込みました。国民を困窮から守るためには、「悪」が必要でした。その「悪」とされたのがマイノリティであるユダヤ人です。ユダヤ人のせいで経済が衰退したというシナリオがでっち上げられ、「正義」の名の下で迫害は行われたといいます。
現在のヨーロッパでは、第二次世界大戦の責任をヒトラーひとり押し付けるような議論はもうされていないそう。こういった考えにシフトしたのは、冷戦終結以降のことだそうです。
さて、ポーランド編いかがだったでしょうか。ポーランドは、先の大戦もそうですが、長い歴史の中でみても、幾度も国家の分割と消滅を経験した悲劇の国と言われます。そんな悲しい過去を背負いながらも、今やそんな影も感じさせず強くたくましく生きる国。まだまだ魅力は語り足りませんが、みなさんの中のどなたかの、いつか訪れたい旅先リストに、ポーランドも加えられていたら嬉しいです。
新潟エリア Y.T